2013年3月14日木曜日

えび千両ちらし

こちらは豪農の館にあった雛人形の女雛である。
これはどう見ても中国の皇太后といった感じの顔である。
昔の美人はこのような顔であったのだろう。






さて、楽しい時間というものは、あっという間に過ぎてしまう。



いよいよ、お別れ。
新潟の友人 から別れ際に渡されたものがこれ。
私が日本で一番美味しいと思っている駅弁である。
実は新潟の友人の会社(新発田三新軒)で作っている駅弁なのだ。
駅弁の名を「えび千両ちらし」という。
右の写真はそのパッケージ。
デザインも彼が考えたものである。

まず、ふたを開けるると、厚焼きの卵があらわれる。
「えー、卵焼き弁当ではないか。」と思った次の瞬間、その卵焼きの下から、イカ、エビ、ウナギ、さらにコハダがあらわれ、ご飯の上に敷き詰めたとろろ昆布と一緒に食するのである。


俳優の高嶋政宏(高嶋兄弟の兄の方)が「はなまるマーケット」の「はなまるカフェ」で絶賛したという誉れ高い駅弁でもある。
新潟駅以外でも、東京駅とか上野駅でも買うことができる(ただし、
すぐに売り切れてしまうので買えたらラッキーらしい。)ので、チャンスがあったら是非食べて欲しい。

おおーすっかりコマーシャルをしてしまった。
でも、ほんとうに美味しいのですぞ。




 

2013年3月13日水曜日

豪農の館

 新潟には「豪農の館」、正式には、登録有形文化財「北方文化博物館」という館があって、翌日はそこを案内してもらった。
右の写真は「座敷の中から庭を見る」の図。
この「豪農の館」は明治15年から8年がかりで建てられた伊藤家の本邸で、敷地が8,800坪、建坪が1,200坪だという。
そして、庭園に面した座敷は何と雨戸が26枚なのだそうだ。
写真では分かりにくいが、廊下の上には長さ30メートルの一本杉の丸桁が使われている。
なんでも、ここにこの一本杉を運ぶために、途中にあった家を二軒壊したという話であった。

新潟の豪農は、けた違いだね。







下の写真は
座敷に展示してあった当時の雛人形である。
今の雛人形とは、趣きも随分違うようで、少し不気味な感じもある雛人形である。

2013年3月12日火曜日

日本海のサカナ

 東京から新潟までは上越新幹線で二時間。
意外と近いのである。
新潟の友人は駅まで迎えにきてくれた。(感謝、感謝)
最初に案内してくれたのが、昨日も写真を載せた日本海である。
右の写真も日本海であるのだが、荒れた海の様子が多少わかっていただけると思う。
荒れた海は、荒れることと引き替えに美味い魚を提供してくれる。
下の写真は友人に御馳走してもらった割烹での肴である。
奥の魚は日本海名物の「のどぐろ」。実際、喉の奥のほうが黒い。
また、手前が「ほうぼう」というらしい。

両方とも極めて美味。
だったと思う。
「だったと思う」というのは、私は魚にあまり詳しくないのです。

飲んで食べて、昔話に花を咲かせて、実に楽しいひとときを過ごすことができた。
不思議なことは(ほんとうは不思議でもないのかもしれないが)かなり長い間会っていなかったはずなのに、話す時には、まるで一週間ぶりくらいの感じで話すことが出来ることだ。
学生時代を一緒に過ごした仲間というのは、こういうものなのだろう。

2013年3月11日月曜日

日本海

海である。
どこの海かというと日本海である。
左に写っている人物は、もう43年のつきあいのある新潟在住の友人である。
海の彼方を見て何かを考えているように見えるのだが、おそらく何も考えてはいないだろう。
(I君ゴメンナサイ。)
気になるのは、彼の後ろにある黒い点のようなもの。
パソコンの場合、写真をクリックすると拡大できるので、興味をもった方は是非拡大してみて下さい。
もしかしたら未確認飛行物かも知れない。

というわけで、10日・11日と、同じく43年のつきあいのある静岡の友人と一緒に、新潟の友人のところまで出かけてみた。

2013年3月10日日曜日

ちがく無い

沼NのH君から合格の知らせがあった。
難関突破、よくやったね。
おめでとう。

さて、先日国語の同僚の先生たちとの間で、「ちがく無い」という言葉が話題になった。「それはちがくない」といったような使い方をすることがあると。
これは文法的には明らかに間違っている。「ちがう」は動詞だが、「ちがく」となれば形容詞になってしまうからだ。
すなわち、五段活用の動詞「ちがう」であれば、未然形「ちがわ」に「無い」がつくのが正解である。
したがって「それはちがわない」となるべきなのだろう。

「ちがくない」は、いわゆる動詞の形容詞化である。
実は、これと似ているのが「好きくない」である。
大学生時代の友人が「好きくない」と言っていたのを思い出す。(この時、この言い方は方言だと思っていたのだが)
「好き」の方は形容動詞なので、形容動詞の形容詞化となるようだ。
両方とも間違ってはいるが、結構市民権を得てきているような気もする。

以前から「言葉は変化していくのが当然」というのが私の基本的な考え方であったのだが、この二つの言葉に関しては、まだなんとなく違和感がある。

2013年3月9日土曜日

PM2.5

昨日今日と風が強く、花粉がぶんぶんと舞っているような感じがあった。
鼻水ビー、くしゃみへくしょんである。
また辛い季節が巡ってきたようだ。
さらに、今年の春は花粉だけではなく、中国から飛来するPM2.5という変な物質もあるらしい。

PM2.5とは、大気中に漂う粒径2.5μm(1μm=0.001mm)以下の小さな粒子のことで、従来から環境基準を定めて対策を進めてきた粒径10μm以下の粒子である浮遊粒子状物質(SPM)よりも小さな粒子という意味らしい。
そうか、小さな粒子ということか。
さらにPM2.5は粒径が非常に小さいため(髪の毛の太さの1/30程度)、肺の奥深くまで入りやすく、肺がん、呼吸系への影響に加え、循環器系への影響が懸念されているという。

このPM2.5を吸ったから、今すぐどうこうということはあるまいが、何か不気味な感じであることは否めない。

2013年3月8日金曜日

ペン習字について

ここ何日か国公立大学の合格発表日が続いている。
今日も、何人かの卒業生が嬉しい知らせをくれた。
おめでとう。
よくがんばったね。

 さて、最近のテレビ番組において(何度も言うが私はテレビが好きだ)、やや気になることがある。
それは、漢字の書き順であるとかペン習字といった文字に関する番組が、やけに増えてきたことだ。
 なかでも、私にとってペン習字というのは実に不思議なものであって、いかにマネをするかを練習し、お手本そっくりに書くことが良いとされる、極めて非個性的な学問?である。そこでは個性的な字は排除されてしまい、先生からはケチョンケチョンに貶される。
一体何なのだろう。
文字というのは所詮記号である。
記号に上手い下手もあるまい。
英語にもフランス語にもペン習字なるものはあるのか?
上手い下手とか言うのだろうか。
書道というのなら、それはまた別の話だ。
文字を芸術として見ているから。

何か変な世の中になってきたような気がする。