天気は下り坂であり、午前十一時からのテニスは、予定の半分の時間だけ何とかすることが出来た。
高校生くらいであれば、多少の雨はオムニコートなので平気でやってしまうのだが、何と言っても我らは、ほぼ後期高齢者のグループ、そのような危険なことはでいないのである。
まずは安全第一。
天気は下り坂であり、午前十一時からのテニスは、予定の半分の時間だけ何とかすることが出来た。
高校生くらいであれば、多少の雨はオムニコートなので平気でやってしまうのだが、何と言っても我らは、ほぼ後期高齢者のグループ、そのような危険なことはでいないのである。
まずは安全第一。
今週は何でもほぼ毎日のように雨降りだと、天気予報が告げていた。
写真は御殿場駅横に野外展示されている「D52機関車」である。
かつての御殿場駅は「東海道線」が御殿場経由の折の主要駅だったのです。
気象庁の説明には次のように書かれている。
「花曇り(はなぐもり)」とは、桜の花が咲いたり、見頃を迎える頃によく見られる、明るくやわらかな曇り空を指す言葉です。空全体に薄い雲が広がり、太陽の日差しがぼんやりと感じられるような空模様が特徴で、暗くて厚い雲や雨雲とは異なって穏やかな印象です。
ワタシの町内は三十数世帯なので、それほどタイヘンとは言えないのだろうが、それでも少々気が重いのである。
写真は近所の道路端に咲いている桜である、昨日、一昨日の暖かさで一気に開花し始めたのである。
御殿場にも春がやってきたのだろうか。
春と同時にパソコンに入ってくる「たぶん詐欺メール」も数が倍増となってきたのである。
やはり、この時期は「たぶん詐欺メール」を製作する側も「研修」を終えて、実践の過程にでもなってきているのだろうか?
今日は大リーグの開幕日、こちらも朝からBS放送を観てしまった。
特に日本の野球を非難する気はないが、やはり、MLBは華があるなあ。
写真は「秩父宮記念公園」で撮った「ミツバツツジ?」。
これはとても逆説的なコメントであり、少々考えさせられた。
つまり、自分の思っている感覚的な部分は、言葉という媒体で表現しようとすると、どうしても正確には表現できないのではないか、ということだと思うのだが、果たしてどうであろうか。
ということで、今日はテニスの代わりにメンバーの家で昼から宴会となった。しかしながら、昼の宴会はもうひとつ盛り上がらないのである。
まだまだ冬は去っていないようで、御殿場ではストーブが必需品なのである。
来週こそ完全に春となるのであろうか。
「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」 在原業平の古今和歌集に収録されている和歌である。
歌意は「もしこの世の中に全く桜というものがなかったなら、春における人の心はのどかであるだろうに」となる。
確かに昼の情報番組を見ていると、この時期は桜の花の開花情報一色になってきている。落ち着かないのは今も昔も変わらないようだ。
御殿場地方は、まだまだ桜の開花の情報はないが、桜の花というのは咲き出すと一気に咲き出す。エラそうに言っているワタシも他人事ではなくウカウカしてはいられないのである。
「モクレン」は「木蓮」と書き、モクレン科モクレン属に属する落葉低木だという。
花の形がレンゲ(蓮華)に似ていることから「木蓮」というそうだ。
またモクレン類のつぼみを風乾したものは、漢方の生薬として「辛夷(しんい)」と呼ばれる。ただし、日本では「コブシ」に「辛夷」の字を充てるということである。
桜の開花にはまだ早いのであるが、写真のように「モクレン」は満開であった。
この「モクレン」は以前ステーキハウスだった所(何年か前に残念ながら閉店してしまった)で往時を懐かしむように毎年花を開く。
その華々しさが何となく哀しいのである。
今日現在では近場の桜はまだまだのようであるが、桜の花と言うのは開花するとあっという間に広がって行くので、少し注意することにする。
ここ御殿場地方の桜の名所は小山町の「富士霊園」だ。
最近は「富士霊園」でもライブカメラの中継をしているので、これからは気にすることにしよう。
ガソリンの著しい高騰ということで、次に入れる日が怖い、何だか最近の世の中というのは、日本だけ(日本一国)の都合で動くことなどあり得ないようだ。
昨日録画した「大阪城」の番組を見ていると、豊臣秀吉が「大阪城」の石垣を造った時に、大阪近辺にあった「古墳」が大分壊されたようである。
自分の城を築くために、墳墓をことごとく破壊していく姿は、最近のどこかの誰かに似てはいないだろうか。
右足に体重をかけると少々痛いのです。
野球のWBCはベネズエラの優勝で幕が閉じた。
それにしても、日本という国は何かにつけて騒ぎ過ぎなのである。今回も日本のチームが決勝に出ることを想定していたのか、映像に見る球場の広告には日本企業の名がいくつも虚しくトラエラレテいた。
このような時は天候のことでも書くのだが、こちらもここ二・三日は大したかわりもなく、ほぼ書くこともない。
と言うワケで今日はこれで終わりなのである。
この時期が一番下界との温度差を感じる時期であるのです。
野球のWBCが終わって(日本が終わっただけであるが)、世の中(特に昼の情報番組)は静かになったようだ。
残念だが、米国(メジャー)と日本の実力の差を思い知らされる大会であった。
なんということだ。
あっという間に三月も半分が過ぎようとしている。
何という速さ、歳を取ると一年間が短い?(若者に比べてやるべきことが少なくなってくるので)というが、本当にその通りである。
この暖かさにつられ、近所の富士山がよく見えるところまで散歩してみた。
富士山を撮るのはあまり好みではない。
その理由は、どこからどう撮っても「いつか見た写真」となってしまうからである。
それだけ被写体としての富士山が偉大なのであり、そこに降参してしまうワタシがいるのである。
インターネット検索をしてみると、「さきはふ」の「はふ」は接尾語で「延(は)ふ」から出た語と言われているそうだ。名詞やそれに準ずる語に付いて、その状態が進展する、またはその状態を進展させる意を表す。
この「はふ」が付く言葉には、「さきはふ」のほか、「にぎはふ」などもあるようだ。
さて、「さきはふ」は「幸(さき)」つまり「幸福な状態」を「は(延)ふ」=進展すること。または「幸福を与える」、「栄えさせる」ということになる。
「さきはひ」は「さきはふ」という動詞が名詞化したもので、これが「さいわい」つまり現在の「幸い」となったものであろう。
ひとつは東京の「砧公園」で大木が立て続けに倒れたこと。そしてもうひとつは、大阪の中心街「梅田」で、地中に埋まっていた巨大な鋼鉄管が13メートルほど隆起したこと。
いづれも巨大な物体が倒れたり隆起したりで事件となったのであるが、どうも東京の倒木は「根腐れ」が原因であり、大阪の隆起は「人為的ミス」が原因のようだ。
何はともあれ、人為的なミスはあってはならないことだろう。
東北地方から東京、さらにワレワレの静岡県に至るまで大きな影響を与えた震災、もう十五年も経ってしまったの感がある。
さて、今日は水曜テニス、気持ちの良かったことはワタシのファーストサーブ四本でゲームをひとつ取ったこと、こんなことは滅多にないことなので今日は「サーブ記念日」としよう。
ただし、気持ちの落ち込むこともあり、右足太ももの筋を痛めてしまったこと。これでは当分足を引き摺りながら歩くことになってしまうだろう。
返却を終えた後に時間があったので、生徒たちと他愛もないオシャベリをした。
ワタシはこの他愛もないオシャベリがとても好きだ。生徒達もここでは「素の顔」を見せてくれるからである。
さて、来年はこの「愛すべき生徒」達と再び会うことができるだろうか。
(写真は近所の公園にあった遊具)
「棗」はクロウメモドキ科の落葉小高木である。(小高木の意味が妙だが)
和名は夏に入って芽が出る(夏芽)に由来するという。
果実は乾燥させたり(干しなつめ)など菓子材料として食用にされ、また生薬としても用いられるそうだ。
今日の未明には御殿場にも降ったようで、近所の屋根の上が白くなっていた。
冬の終わりから春先にかけて寒暖の差が交互に現われることが多く、これを「三寒四温」というらしい。
また「三寒四温」は、季節の変わり目に体調をくずしやすいことを示唆する言葉でもあるという。
今日は生徒たちが登校していないため、校内はとても静かであった。
この時期にはいつも感じることであるが、わが御殿場との温度差は相変わらずである。
下界はまちがいなく春なのだ。
例によって「秩父宮記念公園」で撮ったものである。
サクラソウ科サクラソウ属の多年草であり、山地の湿った岩場に生育する高山植物だという。
しかし「雪割草」とは何ともカッコの良い名前である。
今日も未明までは結構激しい雨が降っていたので、中止となることが心配されたが、天気予報通り朝は良い天気となり、何とかプレイすることが出来たのである。
下界はやはり暖かい、御殿場とは上着一枚の差が感じられる。
生憎の雨降りであったが、新しい門出に「おめでとう」である。
写真は「秩父宮記念公園」で撮った「吊るし雛」、卒業式には参加できなかったが、せめてこの「吊るし雛」を「はなむけ」として贈ることにしよう。
さらに午後は沼津の「芹沢光治良記念館」において記念館主催の意見交換会に参加、久し振りに午前・午後と充実した時間であった。
今日の下界はすでに初夏のような気温、道を歩いている人も半袖なのである。
先日の散歩の際に「秩父宮記念公園」で見つけた。
キンポウゲ科の多年草で、旧暦の正月に開花することからガンジツソウ(元日草)、またはガンタンソウともいうそうである。
また、可憐なカタチとはウラハラに毒草でもあるらしい。
秩父宮記念公園では梅の花が満開、御殿場も日一日と春が近づいている。
T高校は月曜日から学年末の考査がある。考査とは去年までの言い方でいうと、学年末試験なのだが、今年より各学期の中間試験が無くなったので生徒にしてみれば、より緊張感のある考査となるのであろう。
みんな頑張れ。
そこで今日は洗車をしてみた。最近は車を洗うのも面倒くさくなってきていて、ガソリンスタンドの洗洗車機で済ませることが多かったのであるが、今日は気合を入れて自分の手で洗ってみた。
わが愛車、走行距離が20万キロを超えてきており、ワタシ同様かなり疲れてきてはいると思うのだが、まだまだシッカリ走ってくれる。本当に愛車には感謝である。
来年度(四月から)は何と町内会長をやらねばならぬ。これは何れ回ってくる役職なのであるが、個人的な性格から言えば、実に受けたくない仕事なのである。
まあ、輪番制で仕方ないので覚悟してやることにしよう。
かつて自分で洗濯をしていた頃には柔軟剤などいうものはまったく知っておらず、洗濯には洗剤のみを使用していた(今でも自分で洗濯をする時には同様である)。
しかしながら、先日自動車会社のディーラーから景品として柔軟剤を提供され、ハテこれはいつどのように使うのだろうかと調べたところ、柔軟剤は洗剤と同時に使用してはまったく効果がないことが分かった。
いつも洗濯をしている人にとっては当たり前のことなのだろうが、ワタシはまだまだ洗濯未熟者なのである。
先週の木曜日以来、久し振りに学校に行く。御殿場ではまだファンヒーターを使っているのに、下界の長泉町では桜の花がさいていた。
駐車場前に咲いていたこの桜は、勿論早咲きの桜であるのだが、今日は季節の差を感じてしまったのである。
今日の天気予報によると、明日の水曜テニスは不可能である。残念。
司会者の質問に対して、自分の言いたいことを落ち着いて的確に、さらにもう何回も取材を受けているだろうにもかかわらず、丁寧に彼らは答えていた。
イマドキの若者も捨てたものではないぞ。
それぞれ、会社を運営している卒業生や自分で店をもっている卒業生、さらにワタシのような教員となっている卒業生、多種多様である。
当該学年は、三年生になった時に急に担任を要請された学年であり、一年間だけの付き合いであったのだが、教員も生徒もお互いに昔の記憶を戻し、楽しい会話をすることが出来たのである。
だいぶ迷ったのであるがワタシも参加してみることにした。
1993年の卒業だから現在五十歳を越した生徒達?である。
はたして皆どのようなオジサン・オバサンになっているのだろうか。
これだけAIが発達してきているのだから、もう少し簡単なシステムにできないものなのだろうか。
どうも行政というのは簡略化が嫌いなようだ。
プンプン。
「YONEX」と言えば、テニスとかバドミントンのラケット、あるいはシューズのメーカーだと思っていたのだが、昨今はスノーボードもやっているんだね。
しかしながら、あの高い空間にメーカーの文字がアップで映るのは、実に効果的なコマーシャルである。
偶然なのだろうが、この「上を向いて歩こう」が最近二つのコマーシャルに使用されているのを聴いた。
ひとつは、サン〇リー生ビールで、シンガーソングライター斉藤和義が歌っており、もうひとつがファミリー〇ートというコンビニのコンビニウエアーコマーシャルで、こちらはラッパー(「チーム友達」がヒットした)の千葉雄喜が歌っている。
どちらも、なかなかアジのある歌なので、ぜひ聴いて欲しい。
予想はしていたのだが、三月の初めに内視鏡検査を受けることになった。
取り敢えず、検査の日までの薬をもらうために薬局に寄ると、なんと薬局でポイントカードを渡された。体調が良くないから薬局に行くのだろうに、そこでポイントカードとは。
何か違うような気がするなあ。
やはりここのところの寒暖差が原因なのであろうか。
今日で二時間以上の授業が終了、次からは學校に行っても一時間だけ授業をして帰ってくるという、楽なような物足りないような授業となる。
まあ、老人にはこのくらいで良いのかもしれないね。
二月のこの時期になっても何故吊るしてあるのかは疑問であるのだが、神社ゆえそれなりの理由はあるのであろう。
ひょっとして旧正月なのだろうか?
旧正月では二月十七日から正月となるそうだから。
ちなみに、二の岡神社というのは、西暦1422年に寄進された石灯籠が残っている由緒ある神社なのです。
途中のバス停をふと見ると「地蔵堂」の文字、「堂」と書いてあるからには恐らく近く「地蔵を祀る建物」があったのだろうが、今はまったく見当たらない。
「地蔵堂」とは一体どのような「お堂」だったのでしょうかね。
かつてこのブログで書いたような気もするが、「蝋梅」の語源については諸説あるようで、「蜜蝋=ミツバチの巣から採取される蝋」のようであるためとか、陰暦の12月(蝋月)に咲くからということである。
今日も相変わらず朝から寒い。
予報では、ここ数日で寒さも和らぐとか言っていたが、しっかり当たらないのが予報でもある。
これがナントも煩わしい。
つまり、二時二十分から三時十分までの授業を講義するために、丸一日を使わねばならないからだ。
時間割のせいとは言え、実に煩わしいのである、とこんなことを言っては生徒にもうしわけないなあ。(反省、反省)
御殿場地方には有難い雨である。なぜなら、ここのところの積もった雪を排除するには、相当の労力を必要するからである。
御殿場地方には有難い雨だが、ワレワレの「水曜テニス」にとっては、週一の運動の機会が奪われてしまったので、チョイと悲しい雨でもある。