雨にも拘らず、大勢の聴講者に来て頂いて、たいへん感謝する次第である。
今年度のテーマは「日記文学」であるが、今日は其の中から「更級日記」を講義した。
以前にも述べた記憶があるのだが、高校・大学と、それほど古典文学には興味が無かったのであるが(現代文学には興味があった)、現在こうして「古典講座」を講義している自分が極めて妙に感じられるのである。
雨にも拘らず、大勢の聴講者に来て頂いて、たいへん感謝する次第である。
今年度のテーマは「日記文学」であるが、今日は其の中から「更級日記」を講義した。
以前にも述べた記憶があるのだが、高校・大学と、それほど古典文学には興味が無かったのであるが(現代文学には興味があった)、現在こうして「古典講座」を講義している自分が極めて妙に感じられるのである。
よしよし。
センターテストにはいつもドラマがあって、話題には事欠かない。
何と言っても今までに経験した一番の悲劇は、テスト前に好調だった生徒が、解答のマークを一行ずらしてしまったことである。
結局、その生徒は二次試験重視の大学に目標を変更して、結果的にはオーライだったのであるが、何が起きるか分からないのがセンターテストなのである。
やはり授業は楽しい。
これが半世紀近く「教えること」を生業②している性なのであろう。
今週末にはセンター試験が控えている。
三年生ガンバレである。
今年に入ってと言っても、昨年の十二月十四日以来、テニスコートには出ていなかったので、ほぼひと月ぶりのテニスであった。
したがってテニス後の筋肉痛は尋常ではないものとなった。
さて、今年からのテニスメンバーは五人、今日は一人欠席ゆえ四人でテニスをやった次第、これから先が実に不安である。
本日の教訓。
「連休明けのスーパーは老人で混雑が激しい。」
当然、スーパーに出掛けたワタシも老人であるのだが、ワタシがスーパーに出掛けた理由は、「連休の間はスーパーは混雑する」である。
そしてその連休が明けてから「さあ行くか」と出掛けた次第なのだが、老人の考えることは皆同じで、スーパーは連休以上に老人で混雑していたのである。
今日の言葉には「しかし、自分を愛しているかどうかというのは、そんなに重要なことなんでしょうか。(いがらしみきお)」があった。
(漫画家のいがらしみきお)は、自分が好きになれないと悩む相談者に、「自分を嫌ったまま生きてゆくのは難しいが、自分を愛せたからといって問題がなくなるわけではない、他人をどう愛するか考えるのが先ではないか」と。
うーん、なかなか考えさせるなあ。