やはり、野外で運動することは気持ちが良い、スポーツはこうでなくては。
ただし、今日はこの時期としては異常に気温が高く、アンダーシャツは直ぐにグシャグシャとなってしまったのである。
今晩から明日にかけては、急激に気温が下がる予報も出ている。
今度は寒さに注意なのだろうか。
やはり、野外で運動することは気持ちが良い、スポーツはこうでなくては。
ただし、今日はこの時期としては異常に気温が高く、アンダーシャツは直ぐにグシャグシャとなってしまったのである。
今晩から明日にかけては、急激に気温が下がる予報も出ている。
今度は寒さに注意なのだろうか。
おそらく各国チームの差が、あまり無くなってきているからではなかろうか。
それは、通信手段の発達により、サッカーの技術であるとか戦術が、世界中どこにいても知ることができるからなのではなかろうか。
まあ、サッカー素人がこんなことを言ってもしょうがないだろうが。
気がついたのが、すでにリハビリが始まっているべき時間だったので、これはどうしようもない。
午前中、「本日の日程」をイメージした時には、この予定はしっかり確認できていたのだが、家に帰ってウトウトしている間にすっかり抜けてしまったようだ。
おおー、これが「歳をとる」ということなのだろうか。
今回は、「オミクロン株対応2価ワクチン」、接種したのはファイザー社製で、BA1対応型・BA4-5対応型であるという。
何だかよく分からんが、何はともあれワクチンを接種してきたのである。
接種をする方も、される方も、接種という行為にはかなり慣れてきており、受付から終了まで、接種後の待ち時間を入れても30分ほどで済んでしまったような気がする。
接種会場からの帰り、会場近くの御殿場滝ケ原にある「桜公園」に寄ってみた。
この公園、ワタシは初めてだったのであるが、広々とした公園には遊具も多く、子供にとっては、そりゃあもう嬉しすぎる公園なのであろう。
今、三年生に教えている教材が「和泉式部日記」であるのだが、その中に「あだあだし」という形容詞が出てくる。
意味は「不誠実」とか「浮気である」など。
もともとは形容動詞「あだなり」の語幹「あだ」が重なって形容詞になった言葉であるが、「あだなり」の語源は不明である。
何れにしても「あだなり」は、「あだこと(徒事・徒言)」から派生しており、「徒事」の意味は「ちょっとした戯れ事」であり、「色事・情事」である。
ちなみに、「あだごころ」は浮気な心であるが、逆に誠実な心のことを「まめごころ」と言う。
「あだ(浮気)」と「まめ(誠実)」は、対なのである。
ここのところの休日続きで、ワタシはとうとう暇を持て余し、小山町まで出かけてみた。
写真は、小山町阿多野の「総合文化会館・金太郎ホール」近くにある石仏である。
仏の顔の上には「馬の顔」、これほどハッキリした「馬の顔」は、あまりみたことがないし、このパターンの「馬頭観音」も、初めて見たような気がする。
今週は、月曜日の三限の授業を行なっただけ、ナンカサミシイなあ。
日本中は昨夜のサッカーワールドカップ、日本対ドイツの試合のことで大騒ぎであった。
日本が勝ったことはメデタイが、思い出したのは、イギリスの評論家が日本の勝利を予想し、しかもスコアも2対1としていたことだ。
うーん、予想した評論家は「siteyattari」の気分なんだろうなあ。
これは企業の採用試験のウェブテストを就職活動中の大学生に代わって受験する「替え玉受験」をしたとして、警視庁が関西電力社員を逮捕した事件である。
新型コロナウイルスの感染拡大以降、入社試験のウェブテストを取り入れる企業は増加している。企業側は会場準備の必要がなく、就活生にとってはパソコンがあれば自宅で受験でき、地方に住む学生の負担も少なくなるなど、双方にメリットがある。
一方で、替え玉受験などの不正は横行し(就活生の約1割が「不正した」とあり、採用側も本人の倫理観任せだという)、公正さには課題が残るとのことである。
イヤハヤ、妙な世の中になったものだ。
最初に書いた大学生の就職希望には「教員」もあるそうなのだが、この「不正」を望んだこと自体で、教員には向いていないのではないでしょうかね。
ここには「ありがた山」という、何だか分けの分からない(観光施設なのか宗教施設なのかよく理解できない)山があり、そこに素人の制作した石仏が置いてある。
プロの石工ではなく、素人が制作したものなので技術的には稚拙であるのだが、それぞれが味わい深い石仏でもある。
まあ、こういうのも有りですな。
これはいわゆる「高尾祭」というやつで、夜の穂見神社(祭神は商売の神様のようであるが、境内は極めて狭い神社)に多くの人達が集まってくる御殿場最大級のお祭りである。
当日、境内は「大きな神社の初詣」並みの混雑であり、コロナ流行時期ではとても危険なのであるが、今年は開催を決定したようだ。
昨日はニッサンのディーラーに、「SAKURA」という電気で走る軽自動車を、見に行った。
実際に試乗してみたのだが、確かに売り文句のように快適であり力もあるのだが、問題は価格であり(補助金が無いと三百万円を超える)、一回の充電(八時間程度)で走れる走行距離(百八十キロ程度)である。
価格はともかく、百八十キロの走行距離ではチョットした旅行は無理である。
車はなかなか良いのだけれどね。
これにはチョイと驚いたのであるが、何でも本日は「ブリッティッシュラリー」というクラッシックカーオーナーの集まりが御殿場であったのだそうだ。
「秩父宮記念公園」の駐車場に、これはどう考えても一千万円以上だろうというクラッシックカーが、何台も駐車していた(おそらくここに駐車している車だけで、何十億だろう)のはこの催しであったのだ。
今日の目的地は「平和公園」、従って方向から言っても、寄り道とは言い難い場所であったのだが、まあ寄り道は寄り道である。
やはり、今日のヒカリ加減は抜群であった。
やや西に傾いた太陽が提供してくれるヒカリは、強くなく、かと言って決して弱くはなく、何はともあれ抜群だったのである。
昨日の夜のテレビ番組で正岡子規を特集していたのであるが、この子規が子規以前の俳句をボロクソに批判していたことが分かった。
その理由は「オリジナリティの無さ」である。
子規以前の俳句(俳諧)の世界は、句の師匠がいて、その師匠の真似をするのが当たり前だったという。
このことは芸術全体に言えることだ。
やはり、優れた芸術というのは、ヒト真似をしたらイカンのです。
しかしながら、我らの水曜テニスは、いつか来ることとは言え、参加者の年齢が年々上がってきてしまい、現在よりも不参加者が増えるであろう先のことを考えると、実に不安である。
一体、いつまでできるのであろうか。
一日でも長く、皆さんとプレイしたいものだ。
この雨を境に冬が始まってしまうのだろうか。
何かのテレビ番組で「面舵(おもかじ)」という単語が出てきた。これは勿論、船を動かす時の用語であるが、この「面舵」の意味が気になったので調べてみた。
「面舵」とは、船舶の航行において、進行方向右に舵を転ずること。
方角を十二支に分けた場合の卯(う)の方向(東、北を上にすると右)に舵をとることから、卯の舵(うのかじ)が徐々に転じて面舵(おもかじ)と呼ばれるようになったとされる。反対に左に舵を転じる取舵方角を十二支に分けた場合の酉の方向(西、北を上にすると左)に舵をとることからということである。
へー、知らなかったなあ。
結果的には、紅葉の面白いところがいくつかあって、結果オーライなのである。
ここ数日、気持ちの良い日が続く、このままずっと続いてくれるといいなあ。
左の写真は、紅葉を下から撮って、そこに樹木を黒くつぶして、自分らしさを出そうと思ったものである。
果たしてワタシらしさは出たであろうか。
朝、所用で沼津まで、午後からは車の点検と冬用タイヤ交換、其の後には特定検診再検査の結果を聞くという忙しい日であった。
やはり、この歳になると二時間以上の運転は疲れる。十年前にはこんなことは無かったのだがなあ。
今日の伊豆の西海岸は穏やかで、「小春日和」の文字が、ピッタリという感じの気候であった。
同じことをしていても(イヤしているつもりでも)、自分の打った球が入ったり入らなかったりである。
このへんがテニスってえのは、不思議なのだよなあ。
写真は一見、京都かなんかのお寺の鐘楼に見えるが、これも昨日と同様、富士霊園の鐘楼なのである。
自分で褒めるのもなんだが、今回の紅葉の「紅」はよく撮れたのではないかと思う。
手前のモミジの葉自体が、コンディションの良い状態であり、ピシッとした感じがあり、奥のモミジの葉とはヒカリの加減で、若干異なった色に見える。
今まで何度も「紅」を撮ったが、今回のように気に入った「紅」は撮ったことがなかった。
今日は出かけて良かった。
このパン屋は「美味いのだが値段が高い(高いが結構遠方からの客がある)。」というのが、これまでの印象であったのだが、いざ購入してみると、やはり美味いが高いのであった。
今回は「カンパーニュ」と小さな菓子パン(カマンベールチーズと林檎が入った小さなパン、そして何だかよく分からない板状のパン)を購入したのだが、これで軽く五百円を超えてしまう。
やはり、美味いがたかいよなあ。
やれやれ、これで責任がひとつ果たせた。
かつての同僚から頼まれたこととはいえ、十里木街道を使って、富士までの往復というのは少々ツライ。
昔は夜中でも平気で十里木街道を往復したものだが。
何でも一日中「英語」しか使わない、ワタシにしてみれば、「地獄」のようなシステムの所へ行くということである。
まあ、それは兎も角、「楽しんで」きて下さいな。
公園の「紅葉祭り」が十二月の三日と四日ということで、「紅葉」はまだチョイト早いようだった。
しかしながら、ワタシはへそ曲がりゆえ、「紅葉」らしい「紅葉」よりも、写真のような「枯れ葉」になる一歩手前の「葉っぱ」の方が、ナンカ「現実の人間のよう」で好きである。
レンタルビデオの店からカード更新手続きのハガキが届いた。
更新時にはCDかCVDの「一本無料レンタル」というのがある。「しめしめ、今日は無料でレンタルできるぞ」と、レンタルビデオ店まで出かけた。
さて、借りたCDを、早速車のCD再生装置に入れてみると(ワタシの車のオーディオシステムは、CDを入れると自動的にハードディスクに録音ができるのです。)、なんと再生装置の表示には「すでにこのCDは録音済みです。」の表示が出たのである。
このCDは以前レンタルしたことがあり、どの位前か分からないが、ワタシ自身の手で録音したのであった。
うーん、やっちまった。
どこからどうやってメールアドレスを手に入れたのかは分からないが、この半年の間に急激に増えたことを考えると、この期間に何かあったのだろう。
それにしても、他人を騙すことを生業にしている人間がどうしてこんなに多くなってしまったのか。