「いよいよ今年も本格的な夏が始まって行くのだ。」という思いと、これから学期末の試験作りと採点、さらに個人評価をしなければならないという覚悟で、少々気合が入った。
「いよいよ今年も本格的な夏が始まって行くのだ。」という思いと、これから学期末の試験作りと採点、さらに個人評価をしなければならないという覚悟で、少々気合が入った。
ところで、東京の地下鉄では鉄道の路線によって温度設定が異なるのだそうだ。
例えば、大江戸線は22℃から24℃、それに対して東京メトロは26℃から28℃ということである。
何故同じ地下鉄なのにここまで異なるのかというと、それは車輛の大きさだという。大小で比較すると小さい方が熱気がこもりやすいのだと。
つまり、大江戸線の方が車輛が小さく定員も100人、大きい方の東京メトロは定員が120人ほどなのだそうだ。
今日の陽射しは、まさに夏の陽射しだったのである。
ワレワレ、ジジイのテニスグループは本当に元気なのです。しかしながら、最近は日焼けはジジイにも良くないことを認識、ジジイには似合わない「日焼け止めクリーム」を塗ることにしたのです。
この「カーボベルデ」が「スペイン」と戦って引き分けたというニュースである。
「カーボベルデ」とは西アフリカのセネガル沖の大西洋上に浮かぶ島国で、人口は50万人程度の小国である。
この「カーボベルデ」が初出場でありながら、FIFAランク2位で今回も優勝候補のスペインと引き分け、大番狂わせを演じたのである。
やはり、サッカーというのは何が起こるか分からないなあ。
お祭り気質は日本人の特性なのか、テレビも挙ってサッカーの話題にあけくれている。
それほど気にはしまいと、敢えて冷静を装っていたワタシだが、実をいうと夜中の夢で、対オランダ戦のサッカーの夢を見てしまった。
夢の結果は0対0の引き分けであったのだが、今朝起きてサッカー放送を見てみると、これが2対2の引き分け。スコアの数字こそ異なっていたが、引き分けという結果には驚いたのである。
予報では、今晩遅くから明日にかけて雨模様ということである。
今日は朝早くから大リーグの野球中継を観てしまった。
日本人投手(ドジャースの山本)が八回が終わるまでノーヒットノーラン、これはひょっとすると思った九回にホームランを打たれて、夢は砕かれてしまった。
実に惜しかったのである。
そのような心地よい日であったのだが、予定もまったくない日であり、何となく時間が過ぎていく一日でもあった。
このような日は音楽でも聴くに限る。
本日のメニューは「ウッド」。
ウッドベース弾き、ブライアン・ブロンバーグのアルバムである。
近頃たびたび起こる異常気象を考えると、これからの地球は、このような気象の変化は、それほど珍しいことではなくなっていくのであろう。
写真は、「紫陽花ロード」ではないところに咲いていた紫陽花である。
何年か前にも、紫陽花をまったくみることが出来ないことがあり、今年もその年なのかと、内心ガッカリのワタシであった。
アテンションデトックスとは、スマホやSNS、通知などが生む絶え間ない刺激から距離を置き、散漫になった注意を本来の目的に戻す行動を指します。従来のデジタルデトックスが機器の使用量を減らすことに焦点を当てるのに対し、アテンションデトックスは「どの情報に意識を払うか」を再設計する点が特徴だという。
これにより、他人の視線や評価のネットワークから精神を解放し、心理的安全性を確保することができるということだ。
要するに、若者たちの「スマホ疲れ」が増加、その結果若者たちは「評価ネットワークを含むSNSを敢えて見ないこと」にシフトしたのである。
情報番組でも言っていたが、そもそもSNS自体が「中毒性」を起こすものであり、それを覚悟することなしにハマッテしまったのであるから、その「中毒性」に気が付けば、自ずと「デトックス」ということになるのでしょう。
先週の金曜日は学校祭、授業が休講であったため、今日は一週間ぶりの授業であった。
長い間大きな声を出さなかったためか、最初の授業では、声を出すことに多少の辛さを感じた。
教員とは因果な職業なのである。
天気がハッキリしないと自分の心もなかなかハッキリ晴れないのである。
歴史番組で、横井小楠という幕末期に活躍した人物のことを取り上げていた。
彼の言葉の中に「理解して思う」という言葉があった。本を読んで内容を理解するだけではダメであると。その内容から自分が何を思うかが大切なことであると。
うーん、なかなか考えさせられたなあ。
昨日の花も今日の花も「秩父宮記念公園」で撮ったものである。
こちらの花は北米原産の帰化植物であり、日本へは観賞用として輸入・栽培されていたものが野生化したものであるという。
名称の由来は、宵に咲く「月見草(ツキミソウ)」とは異なり、昼間に開花していることによるということである。
「ツユクサ」と「ムラサキツユクサ」の違いは、濃い紫色の花びらを三枚持ち、草丈が高くスラリとしているのが「ムラサキツユクサ」だと言う。
一方、「ツユクサ」は青い花びらが二枚で、草丈が低く地面を這うように広がっていると言うことである。
何となく、日本古来の花のような感じであるが、原産はカナダ南部からアルゼンチンにかけての新大陸なのだそうだ。
今日観たテニス仲間が属している写真のグループは、ワタシの属しているテニスグループ同様、年配者が多いということであった。
年配者には年配者なりの良いところもあるのだが、やはり「刺激」という点ではイマヒトツなのである。(まあ、これは仕方ないことなのだが。)
「潟」とは「湾」が「砂州」によって外海から隔てられ湖沼化した地形ということである。
ところで、この「潟」であるが、ワタシの頭の中において「潟」という言い方の地名は太平洋側ではあまり思いつかない。(難波潟などないことはない。)
一方、日本海側では「八郎潟」とか「鳥屋野潟」とか「象潟」など、いくつかの「潟」がすぐに浮かぶ。
おそらく、太平洋側でも同じような地形はある?と思うのだが、これは何故だろうか?
そもそも県名においても日本海側は「新潟」ってえのがあるのです。
ワレラガT高校も昨日のうちから休講が決まっており、生徒にしてみれば「思わぬ休日」が生まれたのではないかと思う。
写真は台風一過の富士山を撮ろうと、近所の公園まででかけた折の一枚。
さすがに公園には子供の姿は見えず、その代わりに空の雲が、いかにも「台風が過ぎましたよ」の態で姿を現していた。
ワレワレが普段食べているのは、ほとんどが「オス」であり、「オス」の特徴は「穂先」が「メス」に比べると、やや開いているということである。
ちなみに、滅多にお目にかかれない「メス」のほうが、柔らかく味が良いということである。
老人の悲しい事件が続く。
ひとつは高齢の運転手が起こしてしまった死亡交通事故、そしてもうひとつが、息子である小学生をやはり六十過ぎの父親が殺してしまった事件。
いづれもニュースを見ていて、老人のワタシはやり切れない気持ちになった。
これに漢字を当てると「生めかし」であり、未熟であるが外面的に現れた美はみずみずしく新鮮、つややかである、ということがもともとの意味だ。
今頃の若葉を見ていると、こんな感じがするのである。
往復二時間、まったく無駄な時間であった。しかも土曜日なのに(土曜日だからかもしれないが)道路が結構混んでいて、いつもより時間がかかったような気がする。
まあ、こんな時もあるのである。
ふとカレンダーを見てみると、昨日は仏滅であった。
会場は、勤務校からは逆方向になってしまうのでチョイと面倒くさかったのだが、もたもたしてもいられないので今日の提出となったのである。
しかしながら、ここでワタシは大チョンボ。
記念館に携帯を忘れてきてしまったのだ。
と言うワケで、明日も沼津まで出かけなければならないのです。
数々の伝説を持ったロリンズであり、その生き方については、いくらでもブログに書くことはできるが、ワタシの一番の思い出は、かつて静岡において生演奏を聴いたことである。
もう三十年以上前のこと、彼の全盛期は過ぎており、演奏自体にはそれほどの感動は覚えなかったのであるが、目の前に「生の巨人」がいるということだけで満足したことが印象として残っている。
というのも、ワレワレのテニスグループは、全員高齢者ゆえ、暑さのの中での激しい動きにはだんだん対応出来なくなってくるからだ。
函南のテニスコートの有る地点は、標高が約百メートル近くあって、海からもそこそこ離れているので湿度もそれほど高くはないのだが、それでも大変なのである。
と思われる気温であった。(御殿場でも長泉でも)
最近、血圧のせいか(医者に行くと高いと言われる)時々眩暈がする。ただし、この眩暈はずっと継続するわけではなく、出てきたり引っ込んだり、よく分からないのである。
これも加齢のせいなのだろうか。
富士吉田は隣の山梨県なのだが、御殿場から40分前後で行くことができる。
目的地は富士浅間神社というところであったのだが、ここにも外国人の波は押し寄せていた。
本殿近くにいた参拝客の八割は外国人、まさかここまでと、ワタシは驚いてしまうのであったのである。
ウィキペディアによると、「1836年に植物学者のシーボルトによって日本の原種カザグルマがヨーロッパに紹介された。」とある。
さらに「日本の原種カザグルマがヨーロッパに紹介された。今日では、大輪品種の開発に最も頻繁に使用される種である。また、中国の原種テッセンなどもシーボルトによって、中国のラヌギノーサや日本の八重咲きのカザグルマ(雪おこし)はフォーチュンによってヨーロッパに渡り、それらの種やヨーロッパ原産の品種などと交配により現在では数多くの園芸品種が作出されている。原種をもとに何世紀にもわたって交配が続けられて来た結果、現在では2,000種を超える交配品種があると言われている。一重咲き、八重咲き、万重咲き、チューリップ咲き、釣鐘型と多くのバリエーションがみられる。」ともある。
なお、日本にテッセンが渡来したのは16世紀と言われており、江戸時代にはテッセンやカザグルマを元にした園芸品種がいくつも作られていたそうだ。
以前どこかで聞いた話では、歳をとればとるほど一周間が短くなるということだ。
その理由は、歳をとってくると、それだけ「やるべきこと」が少なくなってきて、ボーッとしている間に時間が過ぎて行くからだと。
要するに、何もやっていないので記憶が残らないと言うことなのだろうか。
それぞれ千円程度なのであるが、考えてみれば満額を支払うと合わせて一万円を超す金額となる。
医者の受付から薬局を出るまで、今日はスムースにいってよかったのであるが、それにしても三十分程度で一万円とは凄いですね。
これから数日の間は、雨降りの天気が続くという。
現在のワタシは町内会長であるのだが、そこには会長になる前には予想していなかった「意外と面倒くさい仕事」が控えていた。
その仕事というのが「回覧板に関する仕事」である。
会長になった方は、皆さんやってこられた仕事なので、これを「面倒くさい」などと言ってはイケナイのであるが、市から送られてきた配布物、これを月に何度もセットして回覧板で回す、このことが意外と大変なのでした。
自分の好きなことをやっているのだから、「命がけ」も何もないのだが、そこは「ジジイのテニス」、自分自身が自分の体調に気を付けていないと、酷い目に遭うのである。
明日からは当分「雨予想」なので、今日は「滑り込みセーフ」のテニスでもあった。
日本列島の方も三十℃以上の地点が続出、三十五℃以上のところも、二か所あったほどである。
今年は早々と夏が始まったようだ。
さて、この暑さにコタエテしまうのがジジイである。特に午後の授業などはポワーンとしていてやっと乗り切れたというのが本音なのだ。
これは「ベテラン漫才師にセカンドチャンスを」の趣旨で行なわれた、結成16年以上のベテラン漫才師による「賞レース」である。
また、その審査は漫才の専門家ではなく、会場にいる観客の投票によってチャンピオンが決まるという極めて公平なものであった。
さて、最後に残った二組が「賞金一千万円」を手に入れるために激突したのであるが、結果はワタシの予想した組(今まで見たことがないような斬新な漫才であったのです。)でない方が、大差をつけて優勝してしまった。
やはり、「面白さ」というものは、個人の好みと一般の支持は 大きく異なることがあるのだなあと、つくづく感じた次第である。
困った時の「秩父宮記念公園」なのである。
しかしながらこの時期は、ちょうど春と夏の端境期となるので、思ったほど花はさいておらず、少々期待を裏切られてしまった。
ただそのような中でも周りにお構いなく咲くのが「ドクダミ」なのだ。この花はとても強くたくましいのである。
そのスピーカーの名を「アルテック・トリエステ」と言う。
ワタシが教師になり立ての頃に、少ない給料をコツコツとためて購入したのがこのスピーカーである。従ってこの「アルテック」は50年ものなのである。
アンプに繋いで音を出すまではドキドキしていたのだが、さすが名機の「アルテック」、50年前とほとんど変わらない音がそこから流れてきた。
「アルテック」は米国製のスピーカーであり、特に「A7」というスピーカーはジャズを聴かせる喫茶店では、そのどデカい姿を誇らしく見せていることが多かった。
無論、ワタシはそのようなどデカいスピーカーなど手に入れることは出来ず、コンパクト版である25センチウーハーの「アルテック・トリエステ」を購入したのである。しかしながら「アルテック」は「アルテック」、劇場用として開発された「臨場感あふれる」その音は、まったく衰えることなく響いたのだった。
「アルテックすげぇー」である。
ワタシも「アルテック」を見習うことにしよう。
しかしながらよく考えてみると、保護者といってもワタシの娘くらいの年齢なので(ちなみに生徒は孫でもおかしくない年齢なのです)、緊張感など皆無の楽しい授業であった。
実際には車による外出だったので、それほどの被害は被らなかったのであるが、それでも店から車まで移動する短い距離の間に、結構服がぬれてしまったのである。
最近、メキシコからこのブログに対してのアクセス数が多くなっているのだが、ハテ、これはどうしたわけなのだろうか。
したがって、函南町までの道中も平常に戻ってスムース、到着後も快適に水曜テニスをすることが出来たのである。
ただし、今日はもうすっかり「夏の陽射し」。今年もこれからは「老人には要注意」の「夏のテニス」が始まるのだ。
御殿場の現在は21℃ほどなのだが、体感はやや寒い、一方今日の長泉町は好天であり、半袖で丁度いいいほどであった。
このように、何だか落ち着きがないような気候が年寄りにはコタエルのである。
兎に角上手い。そして実に楽しそうにギターを弾いている。また最新の動画では「色気」さえも感じられる。
十歳の少女に「色気」も何もないのだが、これは所謂「大人の色気」というものではなく、曰く言い難いことを敢えて言えば、楽器を演奏する時の「人を引き付ける何か」であるような気がする。
興味のある方は、試しに是非見てみて下さいな。
答えは「ステンドグラスは聖書の代わり」ということである。
カトリックの教会では、「キリストの生涯を誰でも分かり易いように描いたもの」として、数多くのステンドグラスが作られたそうだ。(これだと文字が読めない人でも聖書の内容が理解できる。)
しかしながら、その後プロテスタントの勢力が台頭してくると、プロテスタントは「聖書の言葉」を重要としたため、ステンドグラスも衰退していったとのこと。
うーん、そこか。
(写真は一昨年小樽のステンドグラス美術館で撮ったもの)
夏の大会であれば甲子園であり、秋の大会であれば春の甲子園につながって行くのだが、今回の優勝は夏の県大会の第1シードと言うことらしい。
それにしても、県内の甲子園常連校を次々と倒してトップに立ったのだから、やはり凄いことである。
そう言えば、ワタシが1979年、F高校に赴任した年にF高校の野球部が夏の県大会で優勝して、F高校の教職員として「甲子園」のスタンドを経験したことがあった。懐かしいなあ。
そして連休でも何でも「水曜テニス」は行なわれる。
今日も御殿場から遥々函南のコートまで行って、「水曜テニス」を満喫してくる。
ただし、体調はイマイチであり、身体のアチコチが痛いのである。
感染力が「インフルエンザ」の十倍というから恐ろしい感染力だ。さらに、その感染は極端な表現をすれば、道ですれ違っただけでも感染するらしい。
さて、ワレワレ老人の世代はかなりの確率で「免疫」を持っているということであるが、それとて100%ではないのだろう。
イヤハヤ怖い世の中になったものだ。
夏目漱石はこの評論の中で「日本は明治維新後、急激に西洋文化の影響を受け、外発的に開化してしまった。」と言い、さらに「現代日本は、すでに外発的な開化の上に文化を築いてししまっている。この上もはや引き返すことは無理で、皮相上滑りに滑って行くほかはないが、それが本来の開化ではない以上、神経衰弱にかからない程度において、内発的に変化していかなければならない。」という。
つまり、「ワレワレは外国からの影響で開化した以上、政治・経済・思想・文化等すべてにおいて、これからも外国の影響を受けざるを得ない」のだろう。
昨今の世界情勢から受ける「日本経済の狼狽え」などを考えると、漱石の言った「内発的に変化」することなど、まだまだ難しいのかも知れぬ。
詐欺師も連休に入ったのだろうか。
気が付けばもう五月である。
そろそろ十月の写真展に向けた準備もしなければならないし、九月のオファーがあった「古典講座」も考えていかねばならぬ。
今年度のワタシのスタートだ。