2026年6月19日金曜日

気合

学校の職員室に入ると、机の上に七月の月間予定表が配られていた。

「いよいよ今年も本格的な夏が始まって行くのだ。」という思いと、これから学期末の試験作りと採点、さらに個人評価をしなければならないという覚悟で、少々気合が入った。


 

2026年6月18日木曜日

地下鉄の冷房

ここのところ気温がグッと上がってきて、学校の教室でも「エアコンの設定温度が高い・低い」の騒ぎが起こりつつある。

ところで、東京の地下鉄では鉄道の路線によって温度設定が異なるのだそうだ。

例えば、大江戸線は22℃から24℃、それに対して東京メトロは26℃から28℃ということである。

何故同じ地下鉄なのにここまで異なるのかというと、それは車輛の大きさだという。大小で比較すると小さい方が熱気がこもりやすいのだと。

つまり、大江戸線の方が車輛が小さく定員も100人、大きい方の東京メトロは定員が120人ほどなのだそうだ。
 

2026年6月17日水曜日

日焼け止めクリーム

日焼けが心配されるような良い天気の中で水曜テニスは行なわれた。

今日の陽射しは、まさに夏の陽射しだったのである。

ワレワレ、ジジイのテニスグループは本当に元気なのです。しかしながら、最近は日焼けはジジイにも良くないことを認識、ジジイには似合わない「日焼け止めクリーム」を塗ることにしたのです。


 

2026年6月16日火曜日

番狂わせ

朝、サッカー・ワールドカップのニュースを見ていると、「カーボベルデ」という聞きなれない国の名前が出てきた。

この「カーボベルデ」が「スペイン」と戦って引き分けたというニュースである。

「カーボベルデ」とは西アフリカのセネガル沖の大西洋上に浮かぶ島国で、人口は50万人程度の小国である。

この「カーボベルデ」が初出場でありながら、FIFAランク2位で今回も優勝候補のスペインと引き分け、大番狂わせを演じたのである。

やはり、サッカーというのは何が起こるか分からないなあ。


 

2026年6月15日月曜日

引き分け

サッカーのワールドカップが日本チームの登場で、俄然ニギヤカになってきた。

お祭り気質は日本人の特性なのか、テレビも挙ってサッカーの話題にあけくれている。

それほど気にはしまいと、敢えて冷静を装っていたワタシだが、実をいうと夜中の夢で、対オランダ戦のサッカーの夢を見てしまった。

夢の結果は0対0の引き分けであったのだが、今朝起きてサッカー放送を見てみると、これが2対2の引き分け。スコアの数字こそ異なっていたが、引き分けという結果には驚いたのである。
 

2026年6月14日日曜日

惜しかった

西の方から雨が近づいているようだ。

予報では、今晩遅くから明日にかけて雨模様ということである。

今日は朝早くから大リーグの野球中継を観てしまった。

日本人投手(ドジャースの山本)が八回が終わるまでノーヒットノーラン、これはひょっとすると思った九回にホームランを打たれて、夢は砕かれてしまった。

実に惜しかったのである。
 

2026年6月13日土曜日

心地よい一日

温度や湿度においては、高くもなく、低くもなく心地よい一日であった。

そのような心地よい日であったのだが、予定もまったくない日であり、何となく時間が過ぎていく一日でもあった。

このような日は音楽でも聴くに限る。

本日のメニューは「ウッド」。

ウッドベース弾き、ブライアン・ブロンバーグのアルバムである。



 

2026年6月12日金曜日

ゲリラ豪雨

「関東地方の各地が、ゲリラ豪雨などによって大荒れの天気であった」と、ニュースが伝えていたが、幸いなことにワタシの勤務地である「長泉町」も、自宅のある「御殿場市」も、大したことはなかった。

近頃たびたび起こる異常気象を考えると、これからの地球は、このような気象の変化は、それほど珍しいことではなくなっていくのであろう。


 

2026年6月11日木曜日

紫陽花

家の周りの紫陽花が咲き始めたので、「秩父宮記念公園」の「紫陽花ロード」はどんな感じだろうかと、偵察に出かけたのだが、ここはほぼゼロと言った様子であった。

写真は、「紫陽花ロード」ではないところに咲いていた紫陽花である。

何年か前にも、紫陽花をまったくみることが出来ないことがあり、今年もその年なのかと、内心ガッカリのワタシであった。
 

2026年6月10日水曜日

アテンションデトックス

昼の情報番組で「若者のアテンションデトックス」について触れていた。

アテンションデトックスとは、スマホやSNS、通知などが生む絶え間ない刺激から距離を置き、散漫になった注意を本来の目的に戻す行動を指します。従来のデジタルデトックスが機器の使用量を減らすことに焦点を当てるのに対し、アテンションデトックスは「どの情報に意識を払うか」を再設計する点が特徴だという。 

これにより、他人の視線や評価のネットワークから精神を解放し、心理的安全性を確保することができるということだ。

要するに、若者たちの「スマホ疲れ」が増加、その結果若者たちは「評価ネットワークを含むSNSを敢えて見ないこと」にシフトしたのである。

情報番組でも言っていたが、そもそもSNS自体が「中毒性」を起こすものであり、それを覚悟することなしにハマッテしまったのであるから、その「中毒性」に気が付けば、自ずと「デトックス」ということになるのでしょう。
 

2026年6月9日火曜日

大声がツライ

朝からスッキリしない天気、日本列島は、全国的に「梅雨」のシーズンに突入したようである。

先週の金曜日は学校祭、授業が休講であったため、今日は一週間ぶりの授業であった。

長い間大きな声を出さなかったためか、最初の授業では、声を出すことに多少の辛さを感じた。

教員とは因果な職業なのである。



  

2026年6月8日月曜日

理解して思う

どうもハッキリしない天気である。

天気がハッキリしないと自分の心もなかなかハッキリ晴れないのである。

歴史番組で、横井小楠という幕末期に活躍した人物のことを取り上げていた。

彼の言葉の中に「理解して思う」という言葉があった。本を読んで内容を理解するだけではダメであると。その内容から自分が何を思うかが大切なことであると。

うーん、なかなか考えさせられたなあ。
 

2026年6月7日日曜日

ヒルザキツキミソウ

今日の写真は「ヒルザキツキミソウ」。

昨日の花も今日の花も「秩父宮記念公園」で撮ったものである。

こちらの花は北米原産の帰化植物であり、日本へは観賞用として輸入・栽培されていたものが野生化したものであるという。

名称の由来は、宵に咲く「月見草(ツキミソウ)」とは異なり、昼間に開花していることによるということである。





2026年6月6日土曜日

ムラサキツユクサ

左の写真は「ムラサキツユクサ」である。

「ツユクサ」と「ムラサキツユクサ」の違いは、濃い紫色の花びらを三枚持ち、草丈が高くスラリとしているのが「ムラサキツユクサ」だと言う。

一方、「ツユクサ」は青い花びらが二枚で、草丈が低く地面を這うように広がっていると言うことである。

何となく、日本古来の花のような感じであるが、原産はカナダ南部からアルゼンチンにかけての新大陸なのだそうだ。
 

2026年6月5日金曜日

刺激

沼津に所用がありでかける。そのついでに(ついでと言ってはチョイと語弊があるが)テニス仲間の写真展を観てから戻ってきた。

今日観たテニス仲間が属している写真のグループは、ワタシの属しているテニスグループ同様、年配者が多いということであった。

年配者には年配者なりの良いところもあるのだが、やはり「刺激」という点ではイマヒトツなのである。(まあ、これは仕方ないことなのだが。)



 

2026年6月4日木曜日

旅番組を見ていると、石川県の「柴山潟」の名が出てきた。

「潟」とは「湾」が「砂州」によって外海から隔てられ湖沼化した地形ということである。

ところで、この「潟」であるが、ワタシの頭の中において「潟」という言い方の地名は太平洋側ではあまり思いつかない。(難波潟などないことはない。)

一方、日本海側では「八郎潟」とか「鳥屋野潟」とか「象潟」など、いくつかの「潟」がすぐに浮かぶ。

おそらく、太平洋側でも同じような地形はある?と思うのだが、これは何故だろうか?

そもそも県名においても日本海側は「新潟」ってえのがあるのです。

2026年6月3日水曜日

台風一過

日本の殆どが台風六号の影響を受けているような一日であった。

ワレラガT高校も昨日のうちから休講が決まっており、生徒にしてみれば「思わぬ休日」が生まれたのではないかと思う。

写真は台風一過の富士山を撮ろうと、近所の公園まででかけた折の一枚。

さすがに公園には子供の姿は見えず、その代わりに空の雲が、いかにも「台風が過ぎましたよ」の態で姿を現していた。
 

2026年6月2日火曜日

アスパラガス

どうでもいいことであるが、アスパラガスには「オス」と「メス」があるらしい。

ワレワレが普段食べているのは、ほとんどが「オス」であり、「オス」の特徴は「穂先」が「メス」に比べると、やや開いているということである。

ちなみに、滅多にお目にかかれない「メス」のほうが、柔らかく味が良いということである。
 

2026年6月1日月曜日

悲しい事件

台風が近づいていることがウソのような良い天気であった。

老人の悲しい事件が続く。

ひとつは高齢の運転手が起こしてしまった死亡交通事故、そしてもうひとつが、息子である小学生をやはり六十過ぎの父親が殺してしまった事件。

いづれもニュースを見ていて、老人のワタシはやり切れない気持ちになった。